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私に学びを与えてくれる存在

私の元にはたまに相談(質問)メールがくることがあります。

「なぜ私にその質問を?」と思うこともあるのですが、私自身もその質問に答えるにあたっていろんなことを学んでいます。

一例を挙げます。

『カッコつけてしまうのは、どうやったら直せますか?』

この質問はシンプルですが、ものすごく深い質問だなと感じました。

きっとほとんどの人はカッコつけてしまうことがあるのではないでしょうか。

僕自身も思い当たることがたくさんあります(笑)

その上で、私なりに考えました。

どんな悩みでも最終的に行き着く先は『なぜ?』という壁だと思うのです。

「直したい」と思ったのは『なぜ』なのか。
『なぜ』カッコつけてしまうのか。

『なぜ』を掘り下げてみると、いろんなことに気づきます。

「なぜカッコつけてしまうのか」と考えてみると、そこには他者承認が隠れているのではないかと思えます。

「カッコいいと思われたい」という第三者への承認欲求です。

人間にはさまざまな欲求がありますよね。

その中でも、特に現代において承認欲求は多くの問題の種なのかもしれません。

「カッコいいと思われたい」の裏には、『人に好かれたい』や『モテたい』などが隠れていると思うのです。

その先には『好みの人と結ばれたい』などもあるのかもしれません。

いずれにせよ必ず他者が存在しています。

この世に自分1人だけだったら、そもそもカッコつける意味などないとは思いませんか?

誰かに気づいて欲しいというのも私たちに備わっている欲求ですが、気づいてほしいが為に身の丈に合わない『カッコつけ』をしても、結局は自分自身が虚しくなるだけだと思うのです。

そこに気づいたことで「直したい」と思ったのだとすれば、その時点でこの質問者さんはカッコいいなと私は思います。

「直す」というのは、なにも「今後一切おしゃれをしないこと」には繋がらないはずです。

自分には「カッコつけたい」という欲求があるんだなと受け入れることで、本当のカッコ良さとはなんだろうと考えるきっかけにもなると思うからです。

「カッコよさ」についても人それぞれの答えがあるとは思いますが、自分自身の当たり前にふと気づいたことこそ私はカッコいいと思います。

悩みが生まれるのは、そこに気づくためにどれだけ自分を見つめられるかなのだろうなと、私自身もまた勉強になりました。

ちょっとした悩みでも突き詰めるとすべて自分に帰着しますよね。

そうやって少しずつ本質に近づけるのかなと、そんなことを思いました。

礒飛健太

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