ホーム コラム スピリチュアル スピリチュアルの落とし穴!...
ISOHI KENTA
ISOHI KENTA

はじめのいーっぽ!!

新しい自分・本当の自分への第一歩を踏み出...

『月輝キャンペーン&プレゼント!』

月輝をご愛用いただきまして誠にありがとう...

スピリチュアルの落とし穴!?

「スピリチュアル」ってなに?
そんな疑問を持つことはないでしょうか。

なんか怖い。
怪しい。
詐欺だ。

いろいろとネガティブな感情を持つ方も多いと感じることがあります。

たしかに、「スピリチュアル」を悪用して商売に使ったり、洗脳に使ったりする人もいるのは事実です。

ですが、そんな時こそ「スピリチュアル=悪い物」にはしないでほしいのです。

「スピリチュアル」は、むしろそういった偏った視点をニュートラルにしてくれるためのツールだと私は考えています。

スピリチュアルとは万人が元々持っている概念であり、その概念を通して、どう実生活に活かしていくか。

それこそが「スピリチュアル」であり、それ以上でもそれ以下でもないのではないでしょうか。

スピリチュアルを学ぶということは、それぞれ自身が持っている精神を学ぶということであり、知識や理解の差はあれど、そこに優劣は存在しないのです。

そもそも存在しない優劣なのにも関わらず、そこに優劣を生み出して誰かを欺いたり、マウントを取る人がいるのも事実です。

ですが、そういう人はスピリチュアル的な行いから外れてしまっていると感じます。

真のスピリチュアリストは他者を限定しません。
そんなことはできないと知っているからです。

霊視ができるから偉いとか、他者より知識があるから優れてるとか、そんな二元論的な解釈をしている時点で、その人はスピリチュアルを全く理解していないのです。

…と、息巻いている私自身もこの瞬間にスピリチュアルという概念に対して自身の二元論を展開していますね(笑)

まさしくこうやって、「スピリチュアルは良いものなんだ」と主張すること自体もスピリチュアル的視点ではないのかもしれません。

つまり、どんな印象を持ったとしても、「スピリチュアル」という概念に出会った瞬間にその人の学びは始まってるのだと思います。

自分自身の中にあるスピリットをどう理解していくか、その為の道筋はたくさんあります。

現存するいろんな学問から辿ることもありますし、自分自身の内なる悩みから辿ることもあります。

いずれにせよ、スピリチュアルは個々人の中に常に在るものであり、それは外側に出して比べるものではないと思うのです。

例えどんなにスピリチュアルを否定している人がいたとしても、それはその人の問題であり、気づくタイミングは人それぞれです。

闇雲に手を出してはいけないのかもしれません。
軽率な行動で相手をさらに刺激してしまうかもしれないからです。

私はいつも思いますが、正しいとか間違いはないのです。
言葉では表現が難しいですが「間違いすらも全て正しい」ということのように思います。

今、スピリチュアルに否定的な人がいたとしてもそれも正しいのです。
肯定的な人も正しいのです。

それを比べようとすることで「違い」が生まれ、また二元論に引き戻されます。

適切な言葉ではないかもしれませんが、
「放任主義」のような一面もあるのだと思います。

誰もが持っているもので、誰もがそれぞれの使い方をしている。

本当はそれだけでいいのかもしれません。

ただし、多くを学んでいる人はヒントを与えることができます。
知りたい人にヒントを与えることは素敵なことだと思うのです。

ですが、その「ヒント」が「洗脳」になるか「教育」になるかは、与える側と受け取る側、双方のスピリットがどう捉えるかに帰依するのではないでしょうか。

「スピリチュアル」が落とし穴になるか、心休まるスポットになるかもまた同じように思います。

どんな視点で見るか。
そのあらゆる方法を教えてくれるのがスピリチュアルであり、それは万人の心にいつでも在るということだと私は理解しています。

礒飛健太

バナー

ワクスピのコラムニスト

2020年12月からスタートしたワクスピ...

バックトゥー ザ・ネイチャー③

先日、美鏡先生と岡山にある、アールビーシ...

【ユキコスモ真理学】自信のつけ方。実践編。

こんにちは☆ユキコスモです 先日、生まれて...