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読解力

とある本に『日本人の1/3は日本語を理解していない』という言葉がありました。

詳細は省きますが、著者の感覚ではなく、データに基づいた数字だそうです。

私はこの言葉にどんな意味が隠されているのかを考えました。

ストレートに受け取ると、「文字としての日本語を理解していない」と取ることができます。

でも、私の感覚ではそうは思えないのです。
文字を理解していない幼児などは計算に入れてないにしても、成人の1/3が日本語を理解していないわけはないと思ってしまうからです。

いたとしても1/1000くらいなのではないか?なんて疑問に感じます。

ですが、おそらくこの言葉の裏にあるのは「読解力」のことではないでしょうか。

国語や道徳の授業を思い出しますが…(笑)

読解力…読んで理解する力

そう捉えるならば、たしかに千差万別な気がしますね。

同じ文章を読んでも同じ理解をできるかどうかは別です。

おそらく「読力」と「理解力」は別物で、それを合わせ持つことが「読解力」のように感じるからです。

例えば…

「AをBに置く」
という文章があったとして、そのまま読んで行動するのは簡単です。

ですが、例えばAが鉄球でBが卵だったらどうでしょう。

物思わぬ機械にプログラムしたとしたら、卵が割れようがこの作業は続くはずです。

ですが、人間であれば卵が割れるのを予測&理解できますし、そのまま作業するのには疑問を感じるはずです。

「赤は止まれ」をプログラムすれば、例え目の前で事故が起きていてもずっと止まっていることでしょう。

これは極端な例かもしれませんが、文章を読んだだけで行動することは機械にもできます。

ですが、理解力がある人ならその裏にある意味や例外なども考察することがでるはずです。

「A」がどんな物で「B」はどんな物か。
それを「置く」というのは上に重ねて置くのか、横に置くのか。
そして、その意味はどこにあるのか。

「赤」は何を指しているのか。
色そのものなのか、信号機のことなのか。
そして、なぜ止まらなければならないのか。

世の中にはたくさんの言葉があります。
知らない言葉も当然あります。

例えそれらを読むことができる「読力」が優れていたとしても、その裏にある意図を理解する「理解力」がなければ、それはただの記号にしか過ぎません。

SNSの時代になり、誰もが不特定多数の人の言葉を目にすることができるようになりました。

「◯◯は◯◯だからダメだ」
「◯◯と◯◯はやってはいけない」

言葉だけを読めたとしても、それは理解したことにはなりません。

理解は簡単にはできないと思うのです。

理解には経験や知性が必要で、その為には自分で調べる力や、知識のある人に聞く力も必要だからです。

そして、伝える側にも同じように伝える力が必要なのです。

「日本語を理解していない人が1/3もいる」
その言葉の裏にある意味は、
「日本語を読めない人がいる」のではなく、「正しい理解ができない人がいる」ということではないでしょうか。

「正しい理解」とはなんなのかを読み解く力も必要ではありますが…(笑)

私はこの言葉を読んで、自分自身にどう落とし込むか。
どう理解して、どう活かしていくか。

そんなことを考えさせられました。

「読解力」はとても大切だと思います。

言葉は情報を簡略化するのには便利なツールですが、それ故に荒削りになってしまう欠点もあります。

伝える側はもちろん、読む側も理解力を持って読まなければ、それはやはりただの記号に成り下がってしまいます。

私自身、言葉を紡ぐ者として、伝える力を養いつつも読み解く力も身につけなければいけないなと。

そんなことを思いました。

どうか、この記事がみなさんの読解力を刺激してくれることを祈ります(笑)

最後まで読んでいただきありがとうございました。

礒飛健太

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