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NORIKO
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沢山の動物が幸せになる世界へ・・

短い間でしたが、こちらでコラムを書かせて...

スピリチャルは幼少期から・・・

今回、魔法学校と関わるようになって、子どもの頃どうであったか?つらつらと・・・考えてみたところ。
家には神棚があり、商売をしていた父親が毎日神棚にお米と塩とお水を捧げて手をあわせていました。子どもの私も、もちろん一緒に。
正月は、新品の洋服を着て、「豊川稲荷」へ参拝に。
そこで、「ご祈祷」→「点心(てんじん)」→「お札授与」

この体験がもとで今までは、参拝にいったら、そこでご飯をいただく・・・・ものだと、思っていました。
ずーと。大人になって、正式参拝をしてもお食事をいただくことはなく。
あれは、夢だったのかな・・・・
ワクスピに記事を載せるため、確認したところ、やはり私の記憶は間違っていなかった。
お接待の場所、ご祈祷の場所、すべて記憶にあるとおり。子どもの頃から、身近に御神仏様がいらっしゃったのかな・・・・

そして、ここで、お参りがおわると、参道の両脇にたくさんの屋台が出ていて、それを見ながら帰宅していました。
そんな私が通っていた幼稚園は、お寺が経営している幼稚園でした。浄土真宗本願寺派。仏様が生まれた日には、甘茶をいただき、本堂で手を合わせて拝んでいたのを思い出します。
園長先生もお優しい方でした。袈裟をきた園長先生に本堂でお話をうかがったり、また、年長になると、本堂で1泊するお泊まり保育を行ったりしました。お泊まり保育の次の日の朝、2歳下の妹がバスで通学してきたのを本堂から迎えに行った記憶があります。誇らしかったのでは?
そのお泊まり保育も昔のことなので、本堂に大きな「かや」を吊して、蚊にさされないようにしていました。
幼稚園の隣には、その地域のお城を守っていた神社がありました。そこも、遊び場。ただ、幼稚園は小学校の学区外にあったので、今思うと不思議です。なぜ、校区外の幼稚園に通っていたのか?
その神社のお社の後ろに隠れた「かくれんぼ」。
神社の横にあった慰霊碑もよく「かくれんぼ」しました。私は、誰としていたのだろう・・・・

実は、私自身、幼少の頃は人見知りがひどくて、幼稚園にも通えないほどだったので、今でも、だれとかくれんぼしていたのか?疑問です・・・・

幼少の頃から、「光の道」を歩んでいたのかな?

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